M&Aは、よく企業間の結婚にたとえられます。お互いの事業内容の相性がよければM&Aを成功させる確率はグンと高くなるでしょう。そして相性はもちろんのこと、ベテラン従業員の存在も大きな事業価値です。今回は、このM&Aにおいて、企業を買収した後の雇用問題、特に社員の給料にスポットライトを当ててご説明していきます。
企業を買収したとき、人事制度をどうするかという選択肢は「どちらかの企業にあわせる」「新規に作る」のいずれかです。多くのケースでは、譲受企業の就業規則が採用されます。
M&Aにおける企業買収は、契約までに数多くの手順を重ね、慎重に行われます。譲渡する側としては、従業員が買収後に路頭に迷わないよう雇用継続を契約条件に挙げますし、譲受側にとっても、ベテラン従業員は魅力的な事業価値です。人事制度に大きな問題が起こる可能性は低いといえるでしょう。
M&Aの手法は数種類あります。そのなかでも、もっとも一般的な2つの手法について、買収後の従業員に対する待遇の変化を見ていきましょう。
株式譲渡は、買い手側の企業が株式を譲り受けることで会社の経営を引き継ぐ手法。会社は株主ものなので、株主=オーナーの場合、オーナーの経営権はなくなります。株式を譲渡してしまったら、株主の議決権はなくなるのと同じ理屈です。
しかし、従業員は、株主ではありません。従業員との雇用契約は、従業員と会社間で結ばれています。したがって、買収後も雇用契約が継続される場合、従業員の同意なく給料が変わることはありません。株主が変更になる以外の契約はそのまま引き継がれるためです。
一方、事業は会社のものです。事業譲渡の場合は、会社としての権利関係にも影響が生じるため、一つ一つの権利関係を見直して、契約を変更しなければなりません。従業員との雇用契約も同様です。
そのため、見直しのなかで、雇用契約で取り決める定年退職の年齢、給料、退職金などが変わる可能性はあるでしょう。特に買収された企業の従業員は、買い手企業の就業規則に沿った契約に見直される可能性が高いです。
給与制度を2社間で統合する場合は、1~2年というある程度の年数をかけ、徐々に買収した企業側の制度に寄せるケースが一般的です。とはいえ、もともと在籍していた企業と遜色ない待遇を受けられることが多く、従業員にとって不利になるケースはほとんどないでしょう。
企業を買収するということは、経営状態が上向きな証明でもあるからです。M&Aにあたって、元経営者が契約条項に従業員の雇用継続と、待遇改善を盛り込んでいる場合も多く見受けられます。
買い手にとってのM&Aのメリットは、比較的小さな投資で新規事業に参入できることです。ベテラン従業員を一緒に手に入れることができるのも大きな魅力。企業の事業価値において、従業員というのは大きな存在といえます。買収した企業の従業員を不安にさせないためにも、従業員の雇用継続と待遇改善はしっかりと決めておきたいものです。
以上、会社売却による残された従業員の給料の問題について解説しました。売却の方法が株式譲渡なのか事業譲渡なのかにより、従業員の給料については扱いが異なってくる可能性があるので、M&Aを知った時点で従業員は、会社売却後の給与条件をよく確認しておくようにしましょう。
なお、会社売却にともなう従業員への影響は、給料だけではありません。会社資本や社長だけではなく、社名や組織構成も変わる可能性が高いため、社員には様々な変化が訪れることでしょう。
以下、売却後に考え得る従業員への影響について、給与以外の面を見てみましょう。
上で、会社売却による給与への影響について「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つに分けて説明しました。株式譲渡の場合には給与が変わる可能性が低く、事業譲渡の場合には給与が変わる可能性がある、と考えます。会社売却後の転籍についても、これに準じると考えて良いでしょう。
株式譲渡におけるM&Aは、あくまでも「株主が変更になる」ということに過ぎません。かりに株主が変更になったとしても、会社と従業員とが結んだ雇用契約関係は維持されます。すなわち、雇用契約に基づかない会社の一方的な判断による従業員の転籍は、基本的に「ない」と考えて良いでしょう。
ただし、買収前に交わした雇用契約の中に転籍の可能性が含まれているならば、雇用契約の適切な運用範囲内において、転籍辞令が交付される可能性はあるかもしれません。
ただし、もとより、それぞれの従業員の慣れた仕事を外して別の部署へ転籍させることは、買収する側の企業にとってもリスクの高い経営戦略。少なくとも会社売却から当面の間は、買収する側の独断的な判断による転籍はないでしょう。
会社売却が事業譲渡による場合には、会社と従業員との権利関係に影響が生じます。この影響により以前の雇用契約が変更され、変更にともない転籍辞令が交付されることは、あるかもしれません。
ただし、買収側の会社がよほどのワンマン経営でもない限り、たとえ売却形態が事業譲渡であったとしても、あまり強引な人事手法を使う可能性は低いと考えてください。なぜならば、買収されたばかりのデリケートな従業員に強引な対応をすると、従業員が辞めてしまう恐れがあるからです。
せっかく事業を買収したにもかかわらず従業員に辞められてしまっては、その事業の維持・発展を目指すことができません。買収企業に良識があるならば、あまり強引なことはやらないでしょう。
労働条件についても、基本的には上記の給与に関する考え方に準じる、と考えてください。すなわち、会社売却が「株式譲渡」によるものなのか、それとも「事業譲渡」によるものなのかにより、労働条件に関する扱いは異なる、ということです。
再三説明している通り、株式譲渡によって変化するものは株主のみです。たとえば、上場企業の株式は証券取引所で活発に取引されていますが(つまり、活発に株主が変更になっていますが)、それによって会社と従業員の労働条件が変わることはありません。非上場企業においても同様に、たとえ会社売却によって株主が変わったとしても、会社と従業員の労働条件が変わることはない、と考えてください。
事業譲渡における会社売却の場合には、基本的に「買収する側の労働条件」に変更されることになります。同じ社内に2つの違った労働条件を設置することは、自然ではありません。事業譲渡による労働条件の変更は、致し方ないと考えるべきでしょう。
ただし、一般に買収する側と売却する側を比較すると、前者のほうが事業規模は大きい傾向があります。そのため、雇用期間や退職金、休暇などの労働条件は、従業員にとって「有利な方向」へ変更されることも珍しくありません。
給料や転籍、労働条件等、社内における従業員への各種の影響のほか、所属会社自体が変わることによる従業員個人の各種手続きも必要となってくるでしょう。
それらの中でも代表的なものが、金融機関における属性変更手続き。銀行はもちろんのこと、保険会社や証券会社、クレジットカード会社などにおいて、勤務先の名称や所在地・電話番号・年収などの変更申請を行うようにしましょう。特に、住宅ローンを返済中の方においては、属性変更手続きは大事です。
なお、一般に企業を買収する側は、売却する側よりも大手であることが多いため、従業員個人の銀行での信用は高くなる可能性があるでしょう。
金融機関以外にも、携帯電話やネットなどの通信会社等、各種の個人的な契約関係を今一度見直し、必要に応じて属性変更手続きを行うようにしてください。
更新日:2020-10-22