後継者不在による事業承継問題が、昨今、特に深刻化しています。このまま事態を放置すれば、近い将来、日本経済は大きなマイナスを招くという試算も公開されました。
愛着のある会社のため、また長く共に闘ってきた従業員の雇用を確保するため、ひいては日本経済の維持・発展のため、中小企業オーナーは、もうひと踏ん張りしたいところです。
詳しくは後述しますが、この場合の「特定の他人」とは、親族・従業員・第三者のいずれかを指します。
また「特定の他人」が第三者である場合、これを一般にM&Aなどと呼ぶこともあります(正確には、M&Aには多様な意味があります)。
特定の他人へと引き継ぐ権利・資産の対象は、主に次の3つに分類されます。
一般に事業譲渡と聞くと、主に経営権の移転のみを指すイメージが湧くかもしれません。しかしながら実際の事業譲渡では、経営権のほかにも各種の資産や知的財産など、様々なものが他人へと引き継がれることを理解しておきましょう。
日本の少子高齢化が進み、事業承継問題に悩む経営者が増えています。テレビや新聞のニュースなどでも、中小企業の事業承継問題に切り込んだものが少なくありません。
そんな中、「事業承継」と「事業継承」はどちらが正しいのか、という議論がなされることが度々あります。この2つの言葉は似ていますが、実は少し違う意味を持ちます。
大辞林第三版によると、承継とは、先の人の地位・事業・精神などを受け継ぐこと。継承とは、先の人の身分・権利・義務・財産などを受け継ぐこと、とあります。
また、漢字の並びを見てみましょう。「承継」が「承って受け継ぐ」のに対し、「継承」は「受け継いで、承る」ということになります。
ニュアンスの問題にはなりますが、前任者の考えや思いを理解した上で、権利や財産などを受け継ぐ(=承継)のか、権利や財産などを受け継ぐことで、前任者の考えや思いを理解していく(=継承)のかという違いがあります。
どちらの言葉も間違いではありませんが、法律用語や税制の呼称には、「承継」が使われているため、事業継承よりも事業承継がより適切と言えるでしょう。
一応、M&Aとの違いについても簡単に。
事業承継は、事業を継続して残したい立場の企業、つまり「売り手」側が主に使い、M&Aという言葉は、買収を行う企業、つまり「買い手」が使う言葉であると思って頂ければわかりやすいと思います。
何か資格を取得するような専門性を身に着けたい人でない限り、売って残すか、買うかの違いくらいの認識から入るとわかりやすいのではないでしょうか。
売り手からすれば、事業承継しましたと言えますし、買い手からすればM&Aを行い買収しましたと言えます。
どの視点からこの売買を見るか、そこがポイントです。
事業承継に関しては、今日本でとても重要なものであり、後継者不足を解消するための大切な方法です。後継者不足問題を理解すると、事業承継の大切さが見えてきます。
近年の国内経済を語るうえで、中小企業の事業承継に関する議論を避けるわけにはいきません。
団塊の世代が一斉に引退する時期を迎え、サラリーマン社会はもちろんのこと、中小企業の経営者の世界でも、様々な事情が浮き彫りとなってきました。
国内の事業承継の背景に見られる主な現状を見ておきましょう。
2018年を対象年度とした帝国データバンクの調査によると、日本の全企業のうち66.4%において後継者決まっていません。
「後継者が決まっていない」ということの意味は、「後継者を誰にするかが決まっていない」ということなのか、それとも「後継者の候補者自体がいない」というこのなのかが不明ですが、いずれにしても将来の日本経済が案じられる異常な数字であることは、誰の目にも明らかでしょう。
加えて、少子高齢化による労働力不足、および株価ばかりが上昇して実体経済の成長を体感できない現状、あえて自分の子供への事業承継を望まない経営者も増えてきたようです。
後継者不在問題に直面している経営者の中には、1940年後半に生まれた世代、つまり団塊世代が少なくありません。2020年現在、70歳前後になる人たちが団塊世代です。
医療技術・知識の急速な進歩や食生活の改善等により、一昔前とは異なって、70歳前後の人たちの多くはまだまだ元気。しかしながら、この先何十年も、その元気が続くわけではありません。後継者不在であれば、いずれかならず、廃業やM&Aを検討せざるを得なくなるでしょう。
実際に後継者不在を理由として廃業するケースは、すでに増加中です。中には、経営が順調で黒字決算が続いているにも関わらず、経営者の高齢化や体調問題を理由に、やむを得ず廃業を選択するケースも見られるようです。
ある試算によると、上記のような後継者不在問題をいつまでも放置し続けた場合、日本はこの先10年で、約650万人の雇用と約22兆円のGDPを失うとされています。
実際にどの程度の損失が生じるかは不明ですが、少なくとも、日本経済に大きなマイナスをもたらすことは確実。この大問題を前に、政府も後継者不在問題を喫緊の課題として認識しています。
詳細は後述しますが、たとえば新たに制定された「事業承継税制」。相続や贈与で事業承継した場合、納税に関して優遇措置を受けられる制度です。
2018年には同制度が改正され、さらに事業者に対して手厚い内容となりました。なおこの改正により、同制度の利用申請数は年間で約15倍もの伸びを示しました。
事業承継の一般的な流れについて見てみましょう。
親族や従業員に対する内部承継であれ、第三者に対するM&Aであれ、事業承継のベース作りの流れは同じです。
親族や従業員などへの内部承継の場合、経営者教育を始めとした長い準備期間が必要です。
また第三者へのM&Aの場合、仲介会社を通じて実際に事業承継が実現するまでに、やはり長い期間を要します。
つまり、いかなる方法で事業承継をするのであれ、準備に長い期間がかかることを経営者は理解しておかなければなりません。
準備を先延ばしにした結果、専門家に相談した時点では手遅れだった、というケースもあります。十分な時間的余裕の中で、事業承継の準備を始めるようにしましょう。
自社の強みと弱みを客観的な視点(できればツールを用いて)から把握。いかにして強みを伸ばしていくか、または、いかにして弱みを克服していくか等を十分に検討し、資料などに可視化します。
なお可視化においては、可能であれば外部の専門機関に依頼したほうがベター。自社のみで調査・検討を行った場合、その内容に主観・願望・忖度などが入り込んでしまうことがあるからです。
事業を継ぐ側の視点から見れば、継ぐに値する魅力的な事業でなければ、継ぎたいとは思いません。
少しでも有利に、かつ少しでも気持ちよく事業を譲渡するためには、事業承継の前に企業価値の向上を図っておくことは、とても大切です。
「赤字続きの大変な状況から逃れたい」という気持ちで誰かに事業を承継してもらおうと思っても、誰も継いでくれません。「こんなに良質な会社を手放すのはもったいない」という気持ちになるくらい、会社の価値を高めておきましょう。
上記をしっかりと固めたうえで、改めて事業承継の具体的な手法を検討します。
M&A・事業承継のサポートを行っている専門機関に相談のうえ、親族内承継が良いのか従業員承継が良いのか、それとも第三者にM&Aで売却したほうが良いのかを決めていきましょう。
上記のステップで事業承継のベース作りを行った後、親族や従業員に対する内部承継を選択した場合には、次のような流れを踏みます。
親族や従業員と相談をしながら、10年後、20年後の会社を見据えた具体的な事業承継計画を策定します。
なぜこのタイミングで事業承継が必要なのか、また、事業承継をすることで周囲はどんなメリットが期待できるのか等をまとめ、既存の従業員や取引先に丁寧に説明。真摯に説明することにより、これまでの信頼関係が維持に努めます。
法務・税務上の手続きが多くなることから、スムーズな事業承継のためには、税理士や弁護士などの専門家の力を借りて事業承継手続きを実行したいものです。
事業承継が完了した後、後継者は時代の変化も考慮した柔軟な経営姿勢で事業に臨むようにしましょう。
事業承継のベース作りの後、M&Aによる第三者への事業売却を選択した場合には、次のような流れとなります。
経営者自身のネットワークで買い手企業を探す方法もありますが、より有利かつ公正なM&Aの実現のためには、M&Aを支援している専門会社の力を借りることが理想です。
専門会社が持つ広いネットワークの中から、ベストな買い手企業を探していきましょう。
複数の買い手候補企業を徐々に絞り込み、トップ面談や条件交渉などを重ね、M&Aの最終契約を締結します。
この一連の手続きにおいても、通常は税務や法務の専門家の支援が必要となることを理解しておきましょう。
親族に事業承継をする場合のメリット、デメリットについて見ておきましょう。
これまで大切に育ててきた会社・資産を親族に残せるということ自体が、何よりの大きなメリットです。
M&Aに比べ、後継者を探す手間や時間、コストを省けるという点も、親族に事業承継をすることのメリットになるでしょう。
また親族内承継の場合、他の承継に比べ、従業員や取引先などからの理解が得られやすいとも言われています。
親族が他の仕事で安定した生活をしている場合、なかなか事業承継に応じてもらえない可能性があります。
かりに事業承継に応じてもらえたとしても、経営者として適任かどうかは別問題となります。
また、前経営者の個人保証や債務等の負の資産も継承したり、相続人同士のトラブルが生じたりなど、企業個別の背景により様々なデメリットが想定されます。
役員・従業員に事業承継をする場合のメリット、デメリットについて見ておきましょう。
親族に後継者が不在で、かつ第三者への会社売却を望んでいない経営者の場合、なじみの役員や従業員が事業承継してくれるとは、経営者にとって安心要素となることでしょう。
承継後、経営方針が急変する可能性は小さいことから、既存の従業員や取引先も安心して事態を迎えることができるでしょう。
役員・従業員が事業承継をするということは、その役員・従業員が会社を買うということにほかなりません。それまでサラリーマンだった役員・従業員が、事業承継にともなって数千万円や数億円の対価を支払うことは非現実的でしょう。
経営者から無償で株式譲渡を受ける方法もありますが、その場合でも事業承継した役員・従業員は、状況に応じ少なからぬ贈与税(または相続税)を課せられる可能性があります。
また、特定の役員・社員が事業を引き継ぐことを快く思わない人も、社内にいるかもしれません。
第三者に事業承継(M&A)をする場合のメリット、デメリットについて見ておきましょう。
事業を譲る側の経営者に莫大な譲渡益が入りこむ可能性がある点は、第三者に事業承継をする大きなメリット。
個人保証から解放されることや後継者不在問題を解消できること、経営者が変わっても一般に従業員の雇用が守られること等も、第三者へ事業譲渡をする主なメリットとなるでしょう。
第三者に事業承継をする場合、通常はM&A専門会社に仲介を依頼することになりますが、この際、仲介会社に支払う手数料は決して安くありません。企業規模により、数百万円や数千万円の手数料が請求されることもあります。
また、かならずしも自社に有利な条件でM&Aが成立するとは限らないことも理解しておきましょう(一般にM&Aは、売り手よりも買い手に有利な手法と言われています)。
企業文化の異なる他社と経営統合する場合、M&A成立からしばらくの間は、売り手側社員にとっても買い手側社員にとっても働きにくさを感じることがあるようです。
事業の将来に対する不安や後継者不在問題など、たとえ理由はどのようなものであれ、事業承継の可能性を検討する経営者は以下の3点をしっかりと押さえておくようにしましょう。
従業員や取引先を含め、多くの人が納得できる事業承継を行うためには、長い準備期間を要します。
経済産業省が公表している「中小企業白書」によると、事業承継した会社の実に37.1%が、後継者探しに3年以上の年月を費やしたとのこと。加えて経営者としての育成期間なども考慮すれば、トータルで5~10年ほどの年月を要しても不思議ではありません。
短期間で事業承継を行うことは不可能ではありませんが、残される従業員や取引先から、前向きな理解を得ることは難しいでしょう。場合によっては離職者を出してしまい、経営が傾いてしまうリスクがあります。
いずれ事業承継を検討する時期が来ることが明らかな経営者は、心身に余裕のある早い段階から、事業承継に向けた各種の準備を進めていくべきでしょう。
先述の通り、日本の企業の約66.4%において後継者が決まっていません。
このまま事態を放置した場合の経済的損失は計り知れないため、政府では後継者不在問題を抱える企業の事業承継に関連し、優遇税制(事業承継税制)を用意しています。
詳細は後述しますが、当税制を上手に活用することで、事業承継から生じる相続税または贈与税が、実質非課税となる可能性があります。
後継者不在等による事業承継問題を抱えている経営者に対し、中小企業庁では「事業引き継ぎ相談窓口」や「事業引き継ぎ支援センター」を設置。
相談や助言、情報提供のみならず、買い手企業とのマッチング支援なども行っているので、事業承継にお悩みの経営者はぜひ活用を検討してみましょう。
公的機関のほかにも、税理士や公認会計士、弁護士、M&A支援会社などの専門家・専門機関が随時、事業承継の相談に応じています。相談だけであれば無料のところも少なくないので、こちらもぜい利用を検討してみましょう。
更新日:2020-11-04